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そのあとのこと

boku.jpg






空の上で、きっと。










一つ前の日記で書かせて頂いた記事の後日談を書きました。




一つ前の記事で、私のことを少しお話しましたが、これは昨日(23日)にあった後日談です。
自己満足というか、気持ちの整理という意味でもう少しだけ書かせて頂きますね。

2012年7月23日午後九時、ロンの火葬を行いました。


なんだかあっという間で、昨日のあの苦しい時間がウソのような気がしました。

苦しく荒い呼吸をするロン。
最期は安らかに息を引き取ったロン。

泣いて泣いて泣きまくって、頭がガンガン痛くて23時には布団に入りました。
それでも思い出す溢れんばかりの思い出に、また涙を流す繰り返し。

いつの間にか寝ても、何度も起きて思い出しては泣く。
本当にその繰り返し。

ようやく朝になって、あれは本当は夢だったんじゃないかと思い起き上がる。

しかし、朝起きたときにいつも聞こえるシャカシャカフローリングの床を歩く音、または寝っころがって人間のように仰向けして爆睡してるロンの姿はなく、クーラーの効いた寒い部屋でドライアイスに囲まれたロンの寝顔がそこにありました。


ああ、とっても可愛い寝顔だ。
本当に寝ているようだ。

見た目は何一つ変わらない、本当に安らかに寝ているだけのロンなのに、触るとお人形のように固い体、そして冷たく氷のような体温。

そっか、ロンは死んだのか。

容赦ない現実を叩きつけられました。


午後八時、帰宅をすると、母と一番上の兄がいました。
もうすぐ葬儀なので、少しそわそわしています。
そして代わる代わる、ロンの眠る部屋にみんな足を運びます。


一人、ロンをとても可愛いがってくれた、中でも本当に可愛がってくれた心優しい幼馴染のお母さんがいたのですが、ロンの葬儀に駆けつけてくれました。

一度ロンが意識不明の状態のときにもお見舞いにきてくれたのですが、見ているこっちが辛くなるらい、わんわん泣いてくれました。
死んだ後も、然り。

とても嬉しかったです。


続々と帰宅する家族は、みんなしてロンの名前を呼びながら玄関をくぐります。
おかしくて笑っちゃいました。そうして家族がそろいました。


驚いたのが、頼んだ葬儀屋さんが本当に本当に、とても素晴らしい葬儀屋さんだったのです。
私は動物の葬儀の手順なのどを聞いたこともなかったし、ましてや立ち会ったこともなかったので、やること全てが初めてだったのですが、本当に、人間と同じように扱ってくださいました。

一緒に火葬する餌やぬいぐるみなど決め、流れを教えてもらいました。

そうして、ふとおもむろに葬儀のお兄さんがバッグの中をごそごそしだしたと思ったら、なんと折ってきた鶴をくれました。

色とりどりの、可愛い折鶴でした。

好きな色の鶴を選んで、羽にメッセージを書いて下さいと、温かい心配りを頂いたのです。
私はちょっと恥ずかしいので、羽の裏に書きました。


そうして火葬する箱に入れる前に、最後のお別れをしました。

撫でて、抱っこして、キスして、抱きしめて。

最後の触れ合いをしました。
本当に、生きてるみたいでした。
今にも動き出すのではないかと。

奇跡は絶対起きないとわかっていても、願わずにいられませんでした。
そのくらい、本当に生きてるような姿だったんです。





火葬は発電の関係でとても大きい音がするので、住宅の少ない公園まで火葬車で移動しました。
そこには兄弟だけで着いていき、そこでもお別れをさせてもらいました。

これが、最期の、私が今まで見続けてきた、最後のロンの姿でした。





一時間半頃、火葬が終わったとのことで、車が家まで戻ってきました。

お帰りロン。


ロンはとても骨太だったので、立派な骨を残してくれていました。

一つ一つ、どれがどこの骨かを教えてもらい、銀のトレイに乗せました。
形の崩れていない、とても綺麗な骨でした。

そこから部屋に戻り、骨壺にみんなで骨を入れました。

その時、骨をペンダントに入れてお守りにした友人の話を思い出したのですが、葬儀のお兄さんのこれまた素晴らしい心配りにより、なんとペンダントが用意されていました。

好きな骨を小さなペンダントに入れることができたので、私はしっぽと足を入れました。

そうして全部の骨が骨壺に入りました。

これで、ロンの葬儀は終わりです。

優しい葬儀屋のお兄さんは、最後に写真立てをプレゼントしてくださいました。
骨壺と一緒に、わんちゃんの写真を飾れるように、と。


こんなに温かい葬儀を送ることができて、とても幸せでした。



私の心境を書かせて頂きますと、葬儀はほとんど涙をながしませんでした。
それどころか、笑顔で、やすらかな気持ちで見送ることが出来ました。
これでよかったと思います。
家族もみんな満足です。


しかし、本当につらく悲しいのは、ここからなのだと思っています。

いることが当たり前だった存在が、ある日突然いなくなった現実。
それは想像を絶する悲しみだと思います。

ロンが死んだらと、予想は何度かしたこともありましたし、友人のペットが死んだ話も聞いていました。
しかし、いざ自分の身に起こったこととでは、まるで違います。
これが本当に、経験したことのある人しかわからないことだと思います。

今日の朝も、ふとしたことで何度も涙を流しました。

ささやかな日常のすべてに、あの子の姿がないのです。
当たり前の風景に、どこにも見当たらないのです。

これは、この苦しみと悲しさは、毎日感じ続けるのだと思います。

朝起きたとき、
家に帰ってきたとき、
散歩している犬をみかけたとき、
机に座ってる時、
食事をしてるとき、
電話をしてるとき、
一人でいるとき、

生きている間、ずっと、ずーっと永遠に伴っていく痛みなんだと、そう思います。


毎日の忙しさに、忘れてしまうこともあるでしょう。
時が解決してくれることだって、絶対あります。

しかし、尻尾を振って出迎えてくれることも、抱きしめることも、あの可愛い姿を見ることを一生できない悲しみは、私が死ぬまで拭えないことだと思います。


それでも、それは、私の一生の一時と、ロンの生涯をかけて共に過ごしてくれた、かけがえのない日々の「証」なんだと、思います。


今はたくさん涙を流すこと、悲しむことを許してほしい。
ずーっと引きずり続けるかもしれない。

立ち直るには、とても時間が必要です。



でもいつか、悲しさもあるけど、それを上回る温かい気持ちで、ロンと過ごした全部が優しい思い出になってくれたら、とても、とても嬉しいです。



今ペットを飼ってる皆さんは、めいいっぱい愛情を注いで、一緒に生きて下さい。
私たちには一生の一部の時間ですが、あなたのそばにいる動物は、生涯をかけて共に生きてくれています。

こんなこと私なんかに言われなくとも、と思います。

それでも。




長々と、こんな日記を読んでくださりありがとうございます。
このブログを読んでいる知人や友人、動物を飼ってる人へ、同じ立場になったときに、少しでも助けになればと思い書かせて頂きました。

私はとても不安で、先に動物を見送ったことのある方々の言葉に助けられたからです。


ありがとうございました。




















ロン、

生まれてきてくれて、

ほんとうにありがとう

ずっとずっと、大好きだよ


また会おうね






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